版画家として世界的な評価を受ける棟方志功。その独特な「板画」技法で生み出された作品は、現在も美術市場で高値で取引されています。本記事では、棟方志功の代表作品と驚くべき最高価格記録、そして作品の価値を決める要因について詳しく解説します。
棟方志功とは?「もちもちの木」の作者とは別人の世界的板画家

棟方志功の基本プロフィール
棟方志功(むなかた しこう、1903-1975)は、青森県青森市生まれの版画家です。1903年9月5日、青森県で生まれました。幼少期から近視のうえに視力が弱く、57歳の時には左眼を失明したという身体的ハンディキャップを抱えながらも、20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人として知られています。
重要:「もちもちの木」の作者との区別
多くの方が混同されがちですが、絵本「もちもちの木」の挿絵を手がけたのは滝平二郎(たきだいら じろう)であり、棟方志功とは全く別人です。棟方志功は主に宗教的・精神的テーマを扱った「板画」作品で知られる芸術家です。
「わだばゴッホになる」から始まった芸術への道
1921年、中学校の美術教師から洋画について学び、ゴッホの『ひまわり』に感銘を受けて「わだばゴッホになる」と油絵画家を志したという有名なエピソードがあります。この青森弁での宣言は、後の芸術家人生を決定づける重要な瞬間でした。
1924年、画家を目指して上京し、当初は油絵制作に取り組んでいましたが、1926年、川上澄生の版画「初夏の風』に触れ、版画家への道を歩むことを決意しました。
版画から「板画」への転換とその意味
1942年以降、自身の作品を「版画」ではなく「板画」と称し、木版画の特性を最大限に活かした技法と美学を確立しました。
棟方志功自身の言葉によると
わたくしが板画という字を使うので、板と版とどうちがうのかと聞く人がいるんですよ。まえまえ、わたくしも板画をはじめたころは、版という字を使っていたんだが板画の心がわかってからは、やっぱり、板画というものは板の生まれた性質を大事にあつかわなければならない
この「板画」という表現は、木の板そのものの生命力と向き合う棟方の芸術哲学を表現したものでした。
棟方志功の代表作品5選

二菩薩釈迦十大弟子(1939年)
中央に十大弟子、六曲一双屏風にするために、右側に文殊、左側に普賢の二菩薩を追加して仕立てた作品です。この作品は棟方志功の国際的評価を決定づけた記念すべき作品として知られています。
歴史的意義
- 1956年「第28回ヴェネツィア・ビエンナーレ」で日本人初の国際版画大賞を受賞し、「セカイのムナカタ」を知らしめる作品となりました
- 東京国立博物館に展示されていた興福寺の十大弟子、特に須菩提から着想を得て制作されたものです
制作背景: もともとは1939年に作成された作品でしたが、文殊菩薩・普賢菩薩の2作品の版木が戦災により焼失されたため新たに1948年に改めて作成されました
女人観世音板画巻 仰向妃の柵(1949年)
裸体の女性を観音様と重ね合わせて詩とともに描いた作品です。1952年スイス・ルガノ版画展で優秀賞を受賞しました。
戦前「女人芸術」創刊号の扉を飾った岡本かの子の詩「女人ぼさつ」を読んだ棟方が、この詩をテーマとして1949年に「女人観世音板画巻」8柵 (題字などを加え12柵)が制作されました。
東海道棟方板画(1963-64年)
現代の東海道五十三次ともいえる版画で、各地の風景を板画としたものです。駿河銀行から依頼され、7回の写生旅行をして完成させた連作として制作されました。
この作品の特徴は、単なる風景描写ではなく、ただ風景を写すというのでなく、その土地で生活している人々の姿やそこの空気のなかに存在するお寺、工場などを人間臭く描いている点にあります。
大世界の柵(1963年)
神が暮らす天上の世界と人間が暮らす地上の世界が描かれた作品。当初「坤こん-人類より神々へ」」が制作され、後に「乾けん-神々より人類へ」が制作され二部作となりました。
この大作は、「大世界の柵・坤~人類より神々へ~」「大世界の柵・乾~神々より人類へ〜」と分かれており、神が暮らす天上の世界と人間が暮らす地上の世界が描かれています。
禰舞多運行連々絵巻(1964年)
青森市のねぶた祭りを描いた全長約17mの倭画として制作された大作です。ねぶた祭りという伝統的な日本の祭りや儀式を、棟方独自の視点で描いています。
棟方志功作品の最高価格記録

オークション最高額:「二菩薩釈迦十大弟子」3,700万円
この日、最高額を記録したのは、棟方志功の《二菩薩釈迦十代弟子》(1939)だった。同作は12枚組の版画作品で、予想落札価格の2500~3500万円を上回る3700万円で落札された(※シンワオークション、2019年)。
この記録は棟方志功作品の市場価値の高さを物語る重要な指標となっています。
価格帯別作品分析
高額作品の傾向
- 優婆離は釈迦の十大弟子の一人で、仏教の戒律(ヴィナヤ)に精通していたとされており、仏教教団において、規律を維持し、秩序を保つ役割を果たした。棟方志功は抽象的かつ装飾的に描き、板絵を通して観る者に精神性を伝えている。買取相場は150万円~230万円前後の価格となります
- 一般的には数万円から数百万円の範囲にわたります
Yahoo!オークションでの落札相場: 最安 1円 最高 500,000円 平均 22,568円(※一般流通品を含む)
価格を決定する要因
主要な価値決定要因
- 稀少性: 限定された版数の作品や、市に出回る機会が少ない作品は高価になります
- 保存状態: 色褪せや破損がなく、良好な保存状態の作品は、査定価格が上がります
- 歴史的背景: 特定の歴史的事件や人物と関連づけられる作品は、芸術的価値に加えて歴史的価値も評価されます
棟方志功作品の特徴と価値評価ポイント

「板画」という独自技法
裏彩色技法の特徴: 棟方志功の板画作品は大枠だけ木版で黒く摺り、色は紙の裏から手彩色で入れていきます。版画作品でも1枚1枚棟方自身が色を入れているので原画作品と同じく1点モノ扱いになります。
この技法により、版画といえばナンバリングされ何枚刷られたか分かるものですが、棟方志功作品は刷った後(ウラ)から彩色するなど、同じ版から刷ったものでも1つとして同じものがないとも言われています。
買取市場での評価基準
鑑定書の重要性: 現在、棟方志功作品の真贋判定には注意が必要な状況が生じています。棟方志功の作品鑑定は、これまで棟方志功鑑定委員会によって行われていましたが、渋谷の東急建て替えの影響で、委員会の窓口である棟方志功ギャラリーが閉廊しました。このため、鑑定業務は現在(2024年3月時点)休止状態にあります。
「大首」作品の高評価: 高価買取のポイントは<大首>でしょう。大首と呼ばれる女性図が最も評価が高い作品の一つです。
その他の評価ポイント
- 共シールや共箱があるということは、それらがあることを重視するコレクターも多く、評価が上がり、相場よりも高くなる可能性があります
- 基本的に色がある作品が高価買取しやすいですが、<釈迦十大弟子>のような一部の作品は色無しでも高い評価を得ています
棟方志功作品の現在の市場動向

相場の変動傾向
近年の市場状況: 棟方志功作品につきまして、近年は、相場価格の軟化傾向が見られるシリーズも出てきています。他には、立派な良い共箱のある作品でも、共箱の無い作品と殆ど変わらない様な価格のこともあり、以前ほど、共箱や共シールが重視されていない事の表れかと思います。
一方で、晩年の彩色の綺麗な作品類は、依然として人気が高く、流通量も少ないため、高い相場価格になっています。
コレクターズマーケットでの位置づけ
国際的評価: 棟方志功の作品は日本国内のみならず、海外でも高く評価されている状況が継続しています。海外においても棟方志功の人気は非常に高く、コレクターが多数います。
美術館所蔵状況の変化: 2024年3月に重要な変化が起こりました。青森市にあった棟方志功記念館は老朽化により2024年3月に閉館しており、こちらで所蔵していた作品と資料を青森県立美術館に移しました。
この閉館により、棟方志功の作品鑑賞の拠点が青森県立美術館に集約されることとなり、今後の作品保存・展示体制に大きな影響を与えています。
現在作品を鑑賞できる主な美術館
- 青森県立美術館(旧棟方志功記念館の収蔵品を含む)
- やまとーあーとみゅーじあむ(埼玉県秩父市)- 現在では、棟方志功の作品については質・量ともに日本有数といわれている美術館です
- 日本民藝館 – 日本民藝館が所蔵する棟方作品は、版画(1942年以降、棟方は「板画」と表記)を中心に肉筆画や書など約200点
まとめ:棟方志功作品の投資価値と魅力
棟方志功の作品は、その独特な「板画」技法と精神性の高いテーマにより、現在も美術市場で高い評価を維持しています。最高価格記録の3,700万円は、日本の版画作品として驚異的な数字であり、その芸術的価値の高さを物語っています。
投資価値のポイント
- 裏彩色による一点物性で希少価値が高い
- 国際的評価による安定した需要
- 「大首」作品など人気モチーフの存在
- 美術館級作品の市場流出による希少性向上
注意すべき点
- 鑑定委員会の休止による真贋判定の困難さ
- 一部シリーズでの相場軟化傾向
- 保存状態による価値の大幅な変動
「もちもちの木」の滝平二郎とは全く異なる、棟方志功独自の世界観は、今後も多くのコレクターを魅了し続けることでしょう。
青森の記念館閉館という節目を迎えた今、改めてその作品価値と歴史的意義を見直す良い機会と言えるかもしれません。
関連記事
※本記事の価格情報は取材時点のものであり、市場状況により変動する可能性があります。実際の売買においては、専門家による査定を受けることをお勧めします。