中国美術品の中でも特に高い評価を受けている「鶏血石」。鮮やかな赤色が特徴的なこの印材は、古くから皇帝や文人に愛されてきました。自宅に鶏血石らしきものがあるものの、本当に価値があるのか、どのくらいの価格で取引されているのか気になる方も多いでしょう。
本記事では、鶏血石の基礎知識から市場価格、日本での流通状況まで解説します。
鶏血石とは?中国が誇る「印材の王様」の基礎知識

鶏血石の名前の由来と特徴
鶏血石(けいけつせき)は、中国を代表する印材(印鑑の材料)の一つです。名前の由来は、鶏が首を切られた時に噴き出す鮮血のような赤色を持つことから名付けられました。
この独特の赤色は、葉蝋石(ようろうせき)という鉱物に辰砂(しんしゃ・硫化水銀)が混在することで生まれます(※1)。赤色の他に、白色、黒色、茶色、黄色、灰色などが混ざり合い、一つとして同じ模様のない個性豊かな石となっています。
中国では「石印材の女王」「印材の皇后」とまで称され、田黄石・芙蓉石とともに「印材三宝」として珍重されてきました。
産地と希少性について
鶏血石は現在、主に2つの産地から産出されています。
昌化鶏血石は、中国浙江省臨安区昌化鎮(旧昌化県)で採掘されるもので、伝統的に最も価値が高いとされてきました。ただ、良質な石はすでに採り尽くされたと言われ、現在では産出量が極めて少なくなっています。
巴林鶏血石は、内モンゴル自治区巴林右旗で産出されるもので、昌化産に比べると産出量が多く、価格も比較的安価です。昌化産ほどの鮮やかな赤色を持つものは少ないのが実情です。
現在採掘されている鶏血石の多くはオレンジがかった色合いで、グレーが強く混ざったものが主流です。古い時代に採掘されたものは鮮やかな赤色を保っており、その希少性から高値で取引されています。
辰砂(しんしゃ)がもたらす独特の赤色
鶏血石の最大の魅力である赤色は、辰砂(シンナバー)という鉱物によるものです。辰砂は硫化水銀(HgS)で構成されており、この成分が混在することで鮮烈な赤色が生まれます。
ただし、辰砂は酸化しやすい性質を持っており、日光に当たると黒ずんで色が変わってしまいます。また、手の油も有害で、赤い部分が崩れて凹んでくることもあります。そのため、鶏血石の管理状況によってその価値は大きく変動します。
この繊細さゆえに、保存状態の良い古い鶏血石は特に高い評価を受けるのです。
鶏血石が高価な理由と市場での評価

中国四大印材における位置づけ
中国では、福建省寿山、浙江省昌化・青田、内モンゴル自治区巴林の4つの産地から採れる石印材を「四大名石」と呼びます。それぞれ寿山石・昌化石・青田石・巴林石として知られています。
この四大名石の中でも特に希少価値が高いものとして「印材三宝」があり、昌化の鶏血石、寿山の田黄石と芙蓉石がその地位を占めています。印材三宝は見た目の美しさだけでなく、朱肉のつきやすさという実用面でも優れており、実用と鑑賞の両面で高く評価されています。
清朝の康熙帝や乾隆帝に愛用され、日本でも横山大観が愛好していたことが知られています。茶道の文房飾りとしても珍重され、東西の文化を超えた普遍的な価値を持つ美術品です。
色の濃さと分布が価値を左右する
鶏血石の価値を決める最も重要な要素は「血色」、すなわち赤色の濃さと分布状態です。
鑑定基準として、血色が全体の30%を占めていれば「上級」、50%を超えると「珍品」とされます。さらに70%以上になると非常に珍しい「極品」として扱われ、特に70-80%を占めるものは「大紅袍(だいこうほう)」と呼ばれる最高級品に位置づけられます。
1972年の日中国交正常化の際、周恩来首相が田中角栄首相に贈呈したのもこの「大紅袍」でした。この歴史的な贈呈により、鶏血石は日本でも一躍有名になり、中国を訪れる日本人観光客の人気土産となりました。
赤色の分布パターンも価値に影響します。赤い色が塊として連続しているものが最も高価で、次に線状の模様、最も評価が低いのは点状に散らばっているものです。
歴史的背景と文化的価値
鶏血石の採掘が始まったのは、元・明時代だったとされています。当時は農民の農閑期の副業として採掘が行われていました。
明・清時代に入ると、鶏血石は皇族や文人などの間で印鑑の材料として人気を集めます。鮮やかな色彩と独特の質感は、中国の文人や芸術家たちにも愛され、詩や絵画、書においても頻繁に題材とされました。
台北の故宮博物院には、鶏血石を使った最も有名な作品「清鶏血石赤壁図薄意未刻印」が所蔵されています(※2)。主要部分はベージュ色で、上部が朱色に近い赤色の鶏血石で作られた印で、側面には船を漕ぐ3人の人物と松のような植物の絵が彫られています。このような芸術作品としての側面も、鶏血石の文化的価値を高める要因となっています。
鶏血石の参考価格と相場の実態

サイズ別・品質別の価格帯
鶏血石の価格は、サイズ、品質、産地、保存状態によって大きく変動します。
一般的なサイズの価格帯として、印面が2cm四方、高さ8cm程度のものは5万円以上で取引されています。同じサイズでも、赤い斑がより鮮やかなものであれば50万円以上になることも珍しくありません。
大型の印材になると価格はさらに上昇します。重さが500g程度の印材としては大型の部類に入るものでは200万円程度、赤い斑と地の色との調和がとれた良質な鶏血石は50万円から数百万円以上の価格がつく可能性があります。
世界最大級の鶏血石は、高さ1.5m、幅3m、重さ50tという巨大なもので、26億円以上の値段がつけられています。このような特大サイズは博物館級の扱いとなり、一般市場で流通することはほとんどありません。
近年の市場動向とオークション事例
オークション市場での鶏血石の取引状況を見ると、価格帯には大きな幅があることがわかります。
Yahoo!オークションでの落札データによると、鶏血石の平均落札価格は19,332円で、最低価格は1円、最高価格は1,527,500円と非常に大きな価格差があります(※3)。印材としての鶏血石に限定すると、平均落札価格は16,950円、最低11円から最高407,990円となっています(※4)。
具体的な落札事例としては、「鶏血石 漢詩彫紋原石置物 箱付 清朝」が140件の入札で115,512円、「鶏血石彫刻 漢詩文素鈕四方印章」が100件の入札で58,000円で落札されています(※5)。
ただし、オークション価格は必ずしも真贋を保証するものではなく、また贋作や低品質品も多数出回っているため、価格だけで判断するのは危険です。
※3 Yahoo!オークション – 鶏血石の落札相場
※4 Yahoo!オークション – 印材 鶏血石の落札相場
※5 オークファン – 鶏血石のヤフオク!落札相場
真贋判定と価格への影響
鶏血石の市場において、最も注意すべきは贋作や類似品の存在です。
贋作の種類としては、プラスチックを密着させた印鑑や赤いコーティングを施した偽物、さらには人造石や「新鶏血石」と呼ばれる正体不明の赤い石などが存在します。また、「血石(ブラッドストーン)」という深緑の本体に赤の斑点がある石英とも混同されることがあります。
真贋判定のポイントは複数あります。まず本物の鶏血石であることが大前提で、さらに産地の鑑定が必要です。昌化鶏血石は現代ではほとんど産出されないため希少価値が高く、巴林鶏血石は産出量が多いため価格が安くなる傾向にあります。
特に重要なのは、1911年以前、すなわち清朝が終わる前に採掘された鶏血石です。中国政府は1911年以前に作られた美術品の国外持ち出しを禁じているため、この時代の鶏血石は非常に高価なものと判断されます。
日本国内での鶏血石の流通状況

日本のコレクター事情
日本における鶏血石の歴史は、江戸時代初期に遡ります。明末清初の動乱から亡命してきた禅僧などから篆刻が持ち込まれ、江戸時代の文人の間で流行しました。
近代においては、1972年の日中国交正常化が大きな転機となりました。周恩来首相から田中角栄首相へ鶏血石が贈呈されたことで、日本全国に鶏血石の名が知れ渡り、中国に旅行する日本人観光客は鶏血石を土産の第一候補としていました。
この結果、興味深い現象が起きています。「現在、日本にある鶏血石は中国にあるものより良いものが多い」と言われているのです。これは1970年代から1980年代にかけて、日本人が積極的に良質な鶏血石を購入していたためと考えられます。
現在の日本でのコレクター層は、主に書道家、篆刻家、印材の蒐集家、古美術品の蒐集家などです。横山大観が愛好していたことでも知られ、美術品としての価値も認識されています。
入手経路と注意点
日本国内で鶏血石を入手する経路は主に以下の通りです。
オークションサイトが最も手軽な入手方法ですが、贋作や低品質品も多数出回っているため注意が必要です。実物を確認できないため、出品者の信頼性や詳細な写真、説明文をしっかり確認することが重要です。
専門店・骨董店では、実物を確認してから購入できます。特に印材専門店や中国美術品を扱う店舗では、専門知識を持った店主から詳しい説明を受けられることが多いでしょう。
注意点として、鶏血石は贋作が非常に多い分野であることを認識しておく必要があります。樹脂製の偽物、粗悪品、「新鶏血石」と呼ばれる出所不明の石など、様々な類似品が存在します。
また、辰砂は酸化しやすく日光に弱いため、保存状態が悪いと価値が大きく下がります。購入時には赤い部分の鮮やかさだけでなく、黒ずみや崩れがないかも確認しましょう。
中国美術品としての需要
鶏血石の需要は、現代でも華僑を始めとする中華圏の人々に強く支持されています。これは単なる印材としての実用性だけでなく、中国文化における象徴的な意味合いも大きく影響しています。
中国人の嗜好性として、はっきりとした色彩を好む傾向があり、鶏血石の鮮烈な赤色はこの感性に合致しています。日本人の「詫び寂の文化」とは対照的な美意識であり、このような文化的背景が鶏血石の価値を支えています。
国立故宮博物院で扱われるような鶏血石は「国宝レベル」とも評され、市場での価格が付けられないほど非常に高い価値があります。模様や色合いが独特で美しいものは、単なる印材や装飾品を超えた芸術作品として扱われることもあります。
日本国内でも、中国美術品の需要は安定しており、特に真正な鶏血石への関心は根強いものがあります。
鶏血石を売却・査定する際のポイント

信頼できる買取業者の選び方
鶏血石のような専門性の高い骨董品を売却する際、業者選びは極めて重要です。
古美術ラウンジの独自調査によると、骨董業者選びで最も重視されるのは「査定額の透明性・明確さ」(21.74%)で、「分かりやすく納得できる説明」(24.72%)を求める声が高額査定への期待を上回っています。
信頼できる業者を見分けるには、中国美術品や印材に関する専門知識を持つ鑑定士が在籍しているかを確認しましょう。鶏血石の産地、年代、品質を正確に判断できる能力が必要です。
次に、査定根拠を詳細に説明できることが重要です。なぜその価格になるのか、どの要素が評価に影響しているのかを具体的に示せる業者を選びましょう。
実店舗を持ち、長期間の営業実績がある業者も信頼性の指標となります。地域別の買取業者情報なども参考にして、実績のある業者を選定することをおすすめします。
査定時に見られるポイント
鶏血石の査定では、以下のポイントが重視されます。
真贋の判定が最優先事項です。本物の鶏血石であることが大前提で、贋作や類似品は無価値となります。
産地の特定も重要で、昌化鶏血石は現代ではほとんど産出されないため希少価値が高く、巴林鶏血石は産出量が多いため価格が安くなる傾向があります。
赤色の品質は最も重要な評価要素です。赤い斑の部分が大きく、色が鮮やかであり、地の石の色との調和がとれているかどうかが評価されます。血色の割合が30%で「上級」、50%超で「珍品」、70%以上で「極品」という基準があります。
彫刻の有無も価値に影響します。鶏血石を彫刻してある場合は、彫刻の芸術性や歴史的価値なども考慮されます。
保存状態も見逃せません。辰砂は酸化しやすく、日光や手の油で劣化するため、管理状況によって価値が大きく変わります。
高価買取のためのコツ
鶏血石をより高く売却するには、以下のポイントを押さえておきましょう。
複数業者での査定は基本です。骨董業者選びのガイドでも推奨されているように、最低でも2-3社の査定を受けることで、適正価格を把握できます。
付属品を揃えることも大切です。箱、鑑定書、来歴を示す資料などがあれば、価値の証明になります。特に清朝以前の古い鶏血石の場合、年代を証明する資料は大きな価値を持ちます。
適切な保管を心がけましょう。売却を考えているなら、日光を避け、直接手で触らないようにして保管します。赤い部分の劣化を防ぐことが、価値の維持につながります。
売却のタイミングも考慮しましょう。2025年の骨董市場動向によると、中国美術品への需要は安定していますが、市場環境や為替の影響も受けるため、専門業者に相談しながら適切な時期を選ぶことが大切です。
また、美術品購入時の注意点を理解しておくことで、将来的な資産価値の保全にも役立ちます。
まとめ:鶏血石の価値を正しく理解するために

鶏血石は中国美術品の中でも特に専門性が高く、真贋判定や品質評価には深い知識が必要です。
鶏血石の価値を決める要素は、真贋、産地(昌化か巴林か)、血色の鮮やかさと分布、年代(特に1911年以前)、保存状態、彫刻の有無などが挙げられます。
市場価格の目安は、一般的なサイズ(2cm四方程度)で5万円から、品質の良いもので50万円以上、大型で良質なものは200万円を超えることもあります。ただし贋作も多く出回っているため、価格だけでの判断は危険です。
日本での流通については、1972年の日中国交正常化以降、日本人が良質な鶏血石を多く購入したため、現在でも日本国内に優れた品が多く存在していると言われています。
鶏血石をお持ちの方は、まず信頼できる専門業者に相談することをおすすめします。骨董業者の選び方を参考に、透明性の高い査定を行う業者を選び、複数社で査定を受けることで、適正な価値判断が可能となります。
中国美術品としての鶏血石は、単なる印材を超えた文化的・歴史的価値を持つ貴重な存在です。その価値を正しく理解し、適切に評価してもらうことが、満足のいく取引への第一歩となるでしょう。
よくある質問(FAQ)

Q1. 鶏血石とブラッドストーン(血石)は同じものですか?
違います。鶏血石は葉蝋石に辰砂が混在した中国産の印材で、柔らかく彫刻に適しています。一方、ブラッドストーンは深緑色の本体に赤い斑点がある硬い玉石で、主に装飾品として使用されます。彫刻には適さず、印材としての価値はありません。
Q2. 家にある鶏血石が本物かどうか、自分で見分ける方法はありますか?
完全な真贋判定は専門家でないと困難ですが、いくつかの確認ポイントがあります。本物の鶏血石は辰砂(硫化水銀)による自然な赤色で、プラスチックのような人工的な光沢はありません。赤い部分の分布が自然で、一つとして同じ模様がないのが特徴です。ただし、近年は精巧な贋作も多いため、最終的には専門業者や鑑定士に依頼することをおすすめします。
Q3. 昌化鶏血石と巴林鶏血石、どちらが価値が高いですか?
一般的に昌化鶏血石の方が高価です。昌化産は良質な石がすでに採り尽くされたと言われ、特に古い時代のものは希少価値が非常に高くなっています。巴林産は現在も産出量が比較的多く、価格も昌化産より安価な傾向にあります。最終的な価値は産地だけでなく、血色の鮮やかさ、分布、年代、保存状態などを総合的に判断して決まります。
Q4. 鶏血石の保管方法で気をつけることは?
鶏血石の赤色を作る辰砂は酸化しやすい性質があります。直射日光を避け、暗所で保管してください。また、手の油も有害なため、直接触らないようにし、布や手袋を使って扱いましょう。専用の桐箱や布に包んで保管すると良いでしょう。適切に保管することで、赤色の鮮やかさを維持し、価値の低下を防ぐことができます。
Q5. 相続で鶏血石を譲り受けましたが、どこに査定を依頼すべきですか?
まず、中国美術品や印材に精通した専門業者を選びましょう。骨董業者選びのガイドを参考に、透明性の高い説明ができる業者を複数ピックアップし、最低2-3社で査定を受けることをおすすめします。特に相続品の場合は、遺品整理に理解のある業者を選ぶことで、心情面への配慮も期待できます。
Q6. 鶏血石の印鑑を実際に使用しても大丈夫ですか?
実用可能ですが、高価な鶏血石は観賞用として保管することをおすすめします。使用すると朱肉や手の油で劣化する可能性があります。どうしても使用したい場合は、使用後は柔らかい布で丁寧に拭き、適切に保管してください。特に「大紅袍」クラスの高級品は、美術品としての価値が高いため、使用せず保存することが賢明です。
Q7. オークションで鶏血石を購入する際の注意点は?
オークションでは贋作や低品質品も多数出回っているため、十分な注意が必要です。出品者の評価や過去の取引実績を確認し、できるだけ詳細な写真と説明文があるものを選びましょう。また、返品条件も事前に確認してください。可能であれば、実物を確認できる店舗での購入をおすすめします。美術品購入時の注意点も参考にしてください。
Q8. 鶏血石の価格は今後上がりますか?
良質な鶏血石、特に昌化産の古い時代のものは今後も希少性が高まり、価格上昇が予想されます。採掘制限や資源枯渇により、新たな良質石の産出は期待できないためです。ただし、贋作や低品質品の価値は変わらないか下落する可能性があります。2025年の骨董市場動向によると、中国美術品への需要は安定しており、真正な鶏血石は今後も一定の需要が見込まれます。
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